世界の歴史を見ても、文明・文化は水資源の豊富なところから生まれ発展しています。

そして、日本においても満々と水を湛えた琵琶湖に人が集まり発展していきました。
更に、古代日本に稲作・養蚕・機織・治水・酒造・香・仏教・寺院建築技術などが大陸より伝えられ、それらを元に日本の文明・文化は加速度的に進化していったのです。

その大陸の渡来人達の多くが、舞鶴(京都府)や高浜(福井県)に流れ着きました。
しかしながら、もともとそこに暮らしていた土着の日本人にとっては初めて見る渡来人に警戒心を持ち、渡来人達はその地には定住出来ず水を求めて辿り着いた先が「琵琶湖」でした。

その事は、渡来人が居住していたとされる遺跡が琵琶湖湖畔に数多く発見されている事からも明らかです。
また、日本書紀に「余自信・鬼室集斯(きしつしゅうし)ら男女7百余人を近江国蒲生郡に遷居」(天智八年(669年))という記述もある事や、琵琶湖周辺には百済寺(ひゃくさいじ)をはじめ大陸系渡来人ゆかりの寺社が数多く残されている事からも、琵琶湖と渡来人とのかかわりが深かった事がわかります。

そうして、琵琶湖の周りに渡来人が定住し様々な技術を伝播していく過程からしても、日本における文明・文化の原点が琵琶湖にあったと言えるのです。

そういった歴史を踏まえても琵琶湖を歩くという意味合いは深く、琵琶湖に触れる機会を大切にして頂きたいと思うのです。


くしくも琵琶湖が日本の中心にありましたので、その文明・文化は琵琶湖から日本各地へと広まっていきました。
改めて琵琶湖に集い、琵琶湖から旅立ってゆく。
帰る場所であり、出発する場所。

日本の原点を歩いて廻る事。
そこに「周行」の意味が内包されていると思うのです。