ホテル・ルワンダ
最近、「ホテル・ルワンダ」という映画をDVDで見ました。
1994年に起こったアフリカのルワンダという国で起こった内戦(虐殺)を扱った映画で、ホテルの支配人を努める現地ルワンダ人の男性が敵対する種族に関わらず1200人の命を守ったという実話に基づく物語でした。
その虐殺の理不尽さや特定の状況下に置かれた時にいわゆる普通の人達が信じられない虐殺を繰り返したという事実など語られるメッセージはキリがありません。
しかし、私が一番心に残ったシーンは命懸けで虐殺の実態を撮影してきた西洋人のジャーナリストに対してその主人公の支配人は
「これを世界中の人々が見れば、国際援助が来てくれる」
と礼を言うのですが、その西洋人ジャーナリストが悲しげに言った言葉は
「これを見た人達は『怖いわね』といって、そのまま食事を続けるよ・・・」
その支配人が自分達の置かれた状況を残酷なほど冷静に突きつけられた姿と、そのジャーナリストも先進国の一般民衆には結局 “対岸の火事” のごとく自分には関係の無い “画面の中だけの悲劇” としか捉えてもらえない現実とジャーナリストとしての使命感とのジレンマに苛まれている姿がとても印象的でした。
なんだかんだ言っても、この平和な日本に暮らしている自分もどんなに心を痛めたふりをしても結局何もしていないのが現状ですから・・・かといって、一個人の行動で何とかなるレベルの問題でもないのことも事実です。
また前回紹介した「不都合な真実」についても、その後批判的な批評もいくつか目にし耳にしました。
それは、地球温暖化問題よりも(しようと思えば)解決がずっと簡単で人道的な飢餓や疫病の問題を優先すべきというものや、その映画で語られている事実(データ)というものの矛盾点を並べたものであったり、主演のゴア氏の豪邸で消費される電気量の多さを皮肉るものもありました。
その事実確認をしたわけではありませんが、映画のメッセージをより印象づける為に意識的に取り上げなかったデータもあるのかも知れません。ゴア氏の私邸である豪邸で消費される電気量も一般市民からすれば比較にならない程多いのも、きっと事実であろうと思います。
でも、地球温暖化の問題をそれ以外の諸問題と比べて優先順位をつけるのも、ちょっと違うと思います。
どれもこれも重要な問題に違いないのですから・・・
ドキュメンタリーである以上、演出の仕方にも細心の注意が必要ではありますが、万が一そこに捏造されたデータがあったとしても(この映画に捏造があるという訳では決してありません)地球温暖化問題がでっち上げの作り話であるはずもなく、論理的に事実関係を突き詰めるばっかりに肝心の主題がぼやけてしまったり、すり替えられてしまうのでは、本末転倒です。
別にゴア氏を聖人君子やヒーローに祭り上げたい訳でもありませんが、彼がでたらめインチキを流布する輩とこき下ろすのも、やっぱり違和感を感じてしまいます。
様々なかたちで届けられるメッセージをぶれる事はなく受け止められているか、出来る・出来ないは別次元の話としてもそのメッセージについて真剣に考えているのか。
言葉尻の細かな間違いを指摘したり、人の揚げ足を取るのは実はとても簡単です。
他人事と割り切れば、そんなどうでも良い事にばかり気を取られてしまうのかもしれません。
もっと自分に差し迫った事態であれば、そんな悠長な事は言ってられないはずですから・・・
便利すぎる生活環境に慣れてしまった私たち日本人が、真剣に地球温暖化を解決しようとすれば、その便利さの殆どを手放さなければなりません。自家用車の制限や禁止・消費電力の制限などなど現実問題として(反発が多くて)出来ない事ばかりだと思います。
しかし、地球全体の大半のエネルギーを先進国だけで浪費している事実を突きつけられたとしたら、どう答えられるのでしょう。
だから、せめてそういった事柄を真剣に考え心に留めておく、それぐらいはしていきたいと思うのです。
日本人だから
不都合